「英語になった日本語 Kodokushi」ーー海外が報じる日本の孤独死 (2/4ページ)
」「私たちは家族が探しているものや、家族にとって大事なものを探しだします。写真とか、特別な何かとか。」
ミユら従業員は清掃を終えて部屋が現状回復されると、花と線香を備えて手を合わせる。形見となるものは遺族に渡すが、遺族が受け取りを拒否する場合は形見を寺にもって行き、供養の後に燃やしてしまう。ミユは「形見を家族がいらないと言った時は悲しくなります。それは亡くなった人が残したものだし、その人の何かしらの思い出だから。」と言う。
遺品整理業者の組合によると、日本全国で4000社ほど同業の会社があるという。「年々人々はお互いに繋がらなくなっていると感じます。絆を失うことやコミュニケーションをしなくなることはが孤独死の背景にあると思います。」とミユは語る。
■高齢者だけが対象ではなくなってきている孤独死
ミユにとっては、孤独死は高齢者だけの現象ではない。彼女の心に残っている20代の女性がいる。彼女はペットと一緒に彼女のアパートの部屋で亡くなった。ペットの犬は玄関先で大きく口を開けて上を見上げ、明らかに助けを求めているように死んでいた。そのアパートの大家は犬が狂ったように吠え続けていたのを聞いていた。辛い事件の現場だったが、ミユが最も心痛めたのは亡くなった女性の父親との会話だった。「父親は私に言ったんです。自分は本当に彼女に辛く当たって、厳しい父親だったのだって。それを後悔しているって。私は何もできないと感じました。彼の為に何もできない。本当に無力だと感じました。」
多くの場合、孤独死は家族と関係性が薄く誰にも助けを求められない人に起こるとミユは言う。社会もまた一人で亡くなった人を自己責任だとみなす。それは人々が孤独に亡くなった人がいるという事実を、自分たちの不名誉だと見るからかもしれないとミユは思っている。
ミユにとって、この仕事ほど家族の関係性を暴くものはない。「もし人が亡くなってしまったら、後からはあなたはその人に何もできないし、亡くなった時に、その人がいかに大切だったか知ることになります。」「今があなたが家族やその他の人たちとコミュニケーションし、関係を結ぶチャンスなんです。