専門家が警鐘! 日本列島を襲う巨大地震8連発 (2/5ページ)

週刊実話

日本もその真っ只中にあるということです」(サイエンスライター)

 木村氏によれば、そうした地球の営みは周期的に訪れるのだから、今の日本と160年前の江戸末期の日本はまさに地震の活動期と言える。

 では、幕末の日本を襲った巨大地震の数々を見ていくことにしよう。

 古文書を紐解いてみると、江戸末期には10近い巨大地震が襲来し、人々の暮らしを蹂躙した。

 武蔵野学院大学特任教授の島村英紀氏が語る。
「大正時代に発生した関東大地震以降、日本は比較的静かでしたが、江戸時代には頻繁に大きな地震が日本を襲った。M5〜6が40回、6.1〜7.9が103回、8〜9が6回、規模不明なものは38回もあるほど。日本は静かなおかげで高度経済成長を成し遂げることができたが、東日本大震災のため、基盤岩が動き、それをきっかけに地震が起きやすくなった。これまでのように、地震はないものだと思っていると痛い目に遭う」

 1855年11月11日(安政2年10月2日)には、直下地震に当たる安政江戸地震が東京を襲い、約1万の人が命を落とした。
「地震が発生したのは21時30分頃、規模はM7.0〜7.2と見られますが、震度6以上の揺れは江戸の中心とその付近にとどまったようです。震源地は東京湾北部の荒川河口あたりというのが有力です。実は、前年の1854年には、伊賀上野地震のほか、安政東海地震、安政南海地震、豊予海峡地震という安政江戸地震を上回る規模の3つの巨大地震が、わずか4日間で起こっていたのです」(前出・サイエンスライター)

 これらの巨大地震が発生した当時は、ペリー(米国)の黒船来航によって日本が開国を迫られ、尊王攘夷で揺れていた時代。世界中がトランプ大統領に翻弄され、IS(イスラム国)などのテロに怯えている現代と似ていなくもない。

 当時は地震の活動期に当たり、4日間で3つの巨大地震が起きたことを含めれば、巨大地震はなんと8連発! その背景には中央構造線が活性化していたことが挙げられる。

★中央構造線が活性化
 まず、1854年7月9日(嘉永7年6月15日)に伊賀上野でM7・25の直下型地震が発生した。

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