雛飾り、本来は左(向かって右)が男雛。現在は右に座する関東雛が優勢なのは何故? (3/5ページ)
「日本雛祭考」有坂与太郎(昭和六年)
「天児」「這子」「天児(あまがつ)」「這子(ほうこ)」と読みます。これも平安時代に形代から生まれた一つの形態で、子どもが生まれた時に贈られました。身代わり人形として三歳を迎えるまで枕元に置かれました。
『源氏物語』の「薄雲」などに天児のことが記されています。
天児『日本雛祭考』有坂与太郎(昭和六年)
立雛(たちびな)直立した二体の雛人形です。天児が男子、這子が女子とみなされ、二体で一対の原型となったと言われています。人形という文字が「ひとがた」から「にんぎょう」と呼ばれるようになったのは、中世の頃(鎌倉時代と室町時代を合わせた4世紀頃)からと言われています。