「たかがゲーム」では済ませられない「ドラクエ」の物語性とは何か(さやわか) (5/7ページ)

ブッチNEWS

もし海外でもヒットしているシリーズだったなら、そんなことありえませんよね。
 つまりドラクエは、明らかに日本で支持されている作品だと言うことができるのです。その理由には、作品のゲーム性や流通のあり方、メーカーの姿勢のあり方など様々な理由があるに違いありません。しかし本書ではとりわけ、その理由をドラクエで描かれている物語が、日本人の好みやすい、非常に日本的な感性で描かれた作品だからこそのものだと捉え、その内容を詳しく考えてみることにしました。
 あるいは、鳥山明による漫画っぽいキャラクターデザインを、海外の人は受け入れないのではないかと考える人もいるかもしれません。海外の人は日本の漫画やアニメの絵が苦手で、受け付けないという意見は昔からよく聞きます。
 しかし、少なくともドラクエについては、必ずしも絵のせいではないと言えるでしょう。なぜなら鳥山明の漫画『ドラゴンボール』は単行本が30カ国以上で翻訳出版され、アニメも70カ国で放映されています。いまだに人気が衰えることのない、大ヒット作なのです。ということは、むしろそこでドラクエの特殊性を際立たせているのは、絵よりも物語の方だと言っていいはずです。
 海外に受け入れられないのは、コンテンツ産業としては、それはそれで問題なのかもしれません。しかしそういう作品だからこそ、日本人について考えるのには最適なものだと言えるでしょう。つまり、ドラクエの物語には明らかに日本的なものがあり、そして日本人の好むものが込められているに違いない。ならば、流行になった小説が語られるのと同じように、そこにどのような時代の意識があるのか、どんな日本人の精神性が表れているのか、あるいは作者は何を考えていたのかを考えてみよう。言ってみればドラクエに対して素朴に文芸批評的な試みをしてみたのが本書になります。

堀井雄二はなにを描こうとしたのか

 したがって、この本はいわゆるゲーム評論の本とは全く違います。たとえば本書ではドラクエを文学として扱うために、もともとの作者でありドラクエのシナリオを執筆した堀井雄二という人物だけを極端に掘り下げて、作品に関連づけて語っています。

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