北米で新型を販売中のホンダ・アコード、国内のモデルチェンジはいつ?発売から33年の歴史を振り返る! (3/7ページ)
当初はミドルクラスの3ドアハッチバックとして登場しましたが、デビュー翌年の1977年には4ドアセダンもラインナップに加わります。
1978年には新型の1.8LEKCVCCエンジンを搭載し、最高出力は90psを発揮しながらも昭和53年排出ガス規制をクリアしたモデルが追加されました。
日本車として初めてアメリカで現地生産された二代目アコード出典元:https://b-cles.jp/car/honda_accord_2nd.html
1981年にアコードは初めてのフルモデルチェンジを受けます。この二代目モデルにはクルーズコントロールが全車標準装備されました。操作スイッチはステアリングホイールに設置されましたが、それは世界でこのアコードが初めてだったそうです。
セダンにはこれもまた世界初となる車速応動型バリアブルパワーステアリングを標準装備しました。二代目アコードは世界初技術尽くしですね。
アメリカで非常に高い人気を誇るアコードですが、この二代目は1982年からアメリカ、オハイオ州にある工場で現地生産されました。これは日本車としては初めてのことになります。
ちなみのアコードの兄弟車であるビガーはこの二代目のデビューとともに誕生しました。
クーペやエアロデッキも登場、リトラクタブルヘッドライトの三代目アコード出典元:https://www.honda.co.jp/news/1985/4850604.html
三代目が登場したのは1985年、日本ではバブル景気真っ只中のことになります。スポーツモデルの象徴として当時ブームであったリトラクタブルヘッドライトが採用されました(欧州のみ異形4灯式)。
このフルモデルチェンジで3ドアハッチバックはシューティングブレークのような独特のスタイルに変化、エアロデッキと名付けられることに。このエアロデッキは日本、そして欧州で販売されます。