今はなき隣組による葬儀の助け合い。死が繋いだ隣近所との絆。 (2/3ページ)

心に残る家族葬





■隣組の負の側面

一方で、隣組という呼称はあまり愉快ではない向きもある。隣組制度は戦時体制下における国民統制の末端を担っていた。つまり本来は国民の意思を統制し、共産主義など国家に反抗的な思想を持つ者を浮き彫りにさせるような相互監視システムとして起用されていた面もあるからだ。隣近所の関係が密であるということは、互いに監視し合う関係でもある。

リベラル的な見方をするとそういうことになるのだが、隣組制度が成り立つには昔ながらの近所関係が確立してる故である。現代のタワーマンションでこの制度を起用するのは難しいだろう。良くも悪くも「絆」そのものが存在していからこそである。

■現代社会は孤独か

現代は人間関係が難しい時代である。隣組どころか隣の住人が何をしているのか、どんな人なのかすら知らない。窓は閉めきられ、ミラーレースカーテンで覆いをしているのが普通の状況だ。確かに瞳に映った風景から自宅を特定される時代に、むやみに個人情報を晒すのは危険である(注1)。過剰で閉鎖的な「ムラ社会」の弊害もある。煩わしいのも事情だろう。しかし、それが孤独を生む結果にもなる。

■東京はあんまり寂しくないと言ったマツコ・デラックス

SNSだけでは孤独は埋められない。このインターネット時代でもなお、例えば育児ノイローゼになるのはなぜなのか。ネット上に話を聞いてくれる友人はいても、その人の「体温」がないからだ。一方、マツコ・デラックスはテレビ番組で次のようにコメントしていた。

「東京って、あんまりさみしくない。孤独を感じなくて済む。寂しいと思わないんだよね、東京って」(注2)(

一理はある。溢れるモノ、情報、楽しいことはたくさんある。しかしそれで終わるだろうか。病気になればもちろんのこと、日常においてもふと、一人に気づく時、寂しさを覚えることはないだろうか。
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