諸行無常の響きあり…裏切りに絶望した悲劇の貴公子・平清経の生涯(下) (3/3ページ)

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清経の死から1年半後、平家一門はいっときこそ勢力を盛り返しますが、元暦二1185年3月24日、壇ノ浦の戦いに敗れ、滅亡してしまいました。

清経が都落ちの時に持ち去った名刀「吠丸」と「鵜丸」については同年(改元して文治元年)10月に回収され、再び朝廷に献上されています。

能楽「清経」に演じられる平清経。月岡耕漁『能楽図絵』より。

また、能「清経」によれば、清経は都落ちに際して愛妻を京の都に残しており、家人の淡津三郎(あわづの さぶろう)が清経の遺髪と形見の横笛などを届けに走るのですが、それはまた別の話。

平家が滅んで源氏の世となり、その源氏もまた滅び……そんな無常の歴史を彩る徒花と咲いた悲劇の貴公子・平清経のエピソードでした。

【完】

※参考文献:

『ビジュアル源平1000人』世界文化社、2011年11月1日、第1刷
梶原正昭ら校注『平家物語 下 新日本古典文学大系45』岩波書店、1993年10月27日、第1刷

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