織田信長に殺された悲劇の女城主「おつやの方」がたどった数奇な運命【下】 (1/6ページ)

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織田信長に殺された悲劇の女城主「おつやの方」がたどった数奇な運命【下】

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織田信長に殺された悲劇の女城主「おつやの方」がたどった数奇な運命【上】

織田信長に殺された悲劇の女城主「おつやの方」がたどった数奇な運命【中】

戦国時代、織田信長(おだ のぶなが)の叔母である艶(つや。おつやの方)は東美濃(現:岐阜県南東部)の岩村城主・遠山景任(とおやま かげとう)に嫁ぎました。

夫の死後、子供がいなかったため信長が五男・御坊丸(ごぼうまる)を遠山家の養子にさせ、養母となった艶にその後見と岩村城主を務めるよう命じます。

ここに艶は女城主となったのですが、東美濃を織田家の勢力下に入れたことが気に入らない武田信玄(たけだ しんげん)は、家臣の秋山伯耆守虎繁(あきやま ほうきのかみとらしげ)に岩村城を攻めさせました。

最初は女城主と侮った虎繁でしたが、1ヶ月以上にわたる奮戦の末にどうにか攻略。降伏に際して「艶が虎繁の妻となれば、岩村城の皆を助命する」旨を伝えます。

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