掲示停止で注目された「人生会議」の本質 人生を言葉で尽くし、残す重要さ (1/2ページ)
26日に厚生省が掲示を中止することを発表し物議を醸した、「人生会議」のポスター。初めて耳にする人も多いであろうこの取り組みは、2018年の今ごろ、「アドバンスケアプランニング(ACP)」の愛称として生まれた。
ACPは人生の終末期をどのように過ごすか、望む医療やケアについて自分の意思で考えること。それを家族や、ケアするチームと話し合い共有する取り組みのことである。厚労省の「平成29年度 人生の最終段階における医療に関する意識調査」によると、ACPについてよく知っている人は3.3%。ACPの愛称を一般に募集したのはACPを広く知らしめるための厚生省の取り組みの一環でもあった。
採用された「人生会議」とのフレーズを考えたのは、集中治療室で日々患者や、その家族と向き合っている看護師だった。臨床の場で患者と向き合っていると、患者が望んでいたのはこの姿なのだろうか、と頭を抱えることがよくある。特に、予期せぬ体調の異変で命を脅かされて病院に運ばれてきたときに多く見かける光景だ。医療従事者だけでなく家族すら本人の希望を知らない状況で医療、ケアが進むことも少なくない。「人生会議」という言葉に、日頃の生活の中で、人生のことを話し合う場、人生を通して最期をどう迎えるのかを共有する場を持ってほしいという思いを込めたのだろう。
命に危険が迫った状態では、約70%の人が医療やケアなどを自分で決めたり、人に伝えたりすることはできないという。今回のポスターでは命に危機が迫った状態を模しているのだろう。今回のポスター掲示停止は、「患者や家族に配慮が足りない」という声が大きかったからだという。死を目の前にして後悔の念を前面に押し出した文言に批判が及ぶのは分からなくもない。一方で、人生の締めとして“終末期をどう迎えるか”は、その人の人生を大きく左右するものと考えると、このポスターの表す内容は胸に刺さる。だからこそ批判も大きかったのではないだろうか。
ポスターのモデルとなった小籔千豊は愛称の選考委員だった。選考時には、自身の母を看取る際に、本人の希望を聞いておかなかったことを後悔したとコメントしている。小籔の母は50代の若さで亡くなっていた。一般的に考えれば、終活を考えるには少し早い年齢かもしれない。