「いかに美しく負けさせるかに心を砕いた」 全てを詰め込んだ競馬エンタメ巨編を早見和真が語る (2/5ページ)
「継承」をテーマにするにあたり、一部と二部の主人公たちを総とっかえするイメージがありました。作中では、馬はもちろん、馬主も父親から息子に、ジョッキーも憧れられたジョッキーから憧れたジョッキーに主人公が変わっています。となると、誰の視点でこの物語を貫けばいいんだろうと思うわけです。
ストーリーの真ん中にいるのは馬ですが、馬は物語れない。それで『小説新潮』の担当編集者と1ヶ月くらい悩んでいたときに、たまたまテレビでカズオ・イシグロさんがノーベル文学賞を受賞したというニュースをやっていたんですよ。そこで、「これは『日の名残り』だ」と閃いたんです。
『日の名残り』はイギリスの名家に忠実に従事する執事の視点で書かれた物語ですよね。競馬のプロにもアマにも通じる語り部として、適切な役割は誰か。それは、執事的な役割の人だ、と。現代日本において執事的な役割を唯一担わせることができるのは、レースマネージャーじゃないかという確信もありました。
それで編集者に「これ、『日の名残り』だ」とだけ書いてメールを送ったら、数十秒後に彼から「それだ!」という返信があって。一部と二部を貫くたった一人の人間としてクリスというキャラクターが立ち上がった瞬間に、この物語を書けるようになったんです。
――地の文がクリスの視点ですが、執事っぽく「ですます調」ですよね。最近、この文体の小説を読んでいなかったので新鮮に感じました。早見:慣れないという意見はきっと出てくるだろうなとは思っていました。
――ただ、30ページほど読んでから一気にスピードが上がりました。早見:リズムをつかめた感じですよね。それは嬉しいです。

早見:僕はデビューしてから11年経つけれど、いまだに書くことが苦しくて仕方ないんです。