死の奇襲へのゆるい備え。覚悟は幸福。正常化バイアスの破壊。 (3/3ページ)

心に残る家族葬



それでも目を背けていてはいずれ「死」の奇襲を受ける。覚悟とか存在とか大仰な話ではなく、凡人らしく気張らず、もう少しユルく「死」とつきあえないか。実は我々をそれをしているのである。それは死の現場に立ち会うことである。葬儀や臨終の現場はその練習となる。自然と死を自覚し、先駆的了解がなじんでくる場となる。

注:あくまで世間に流布している解釈である。本来のハイデガーの死生観はそのような単純な人生論ではない。プッチ神父の思想では生と死は分離されてしまうが、ハイデガーは生死は一体であるとする仏教の「刹那滅」に似た思想を展開しつつ存在することの驚異、奇跡を説いている。

■次はお前だ

旅行は期限があるから楽しいのである。延々と終わらない旅とは恐ろしいことだ。生きることが旅ならばいつか終わる。終わるからこそ生きられる。だから死がないと困るし、死を考えないのは困るのだが、死が特定されるのも困る。

日常の中で時折ある葬儀で死者と接することで、いつかのその時に慌てないための「ユルい覚悟」を養うことができる。これがないといざという時、怖い。あっても怖いかもしれないが、普段の心構えの差は大きい。

昨今は葬儀離れが進み、特に若い層は葬儀、つまり死者と触れ合う機会が少なくなってきている。機会があるなら義理だけで出るのはもったいない。メディアの報道とは違うリアルな「死」と触れ合う貴重な場である。「死」をユルく自覚して人生を生かす場にしよう。そこでは死者がユルく正常化バイアスを壊してくれるはずだ「次はお前だ!」と。

■参考資料

■荒木飛呂彦「ジョジョの奇妙な冒険 第6部(40~50巻)セット」集英社文庫(2009)
■マルティン・ハイデガー著/細谷貞雄訳「存在と時間」ちくま学芸文庫(1994)

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