戦場で生まれた絆!奥州征伐で抜け駆けした鎌倉武士の縁談エピソード【上】 (5/5ページ)
流石はエリートの余裕と言ったところでしょうか、ここにも「鎌倉武士の鑑」と称せられた重忠の高潔な人格と、頼朝公に対する篤い忠誠心がうかがわれます。
しかし義村たち中小武士団にとって見れば、恩賞の有無は死活問題。たとえ下らなかろうと、どんなにみっともなかろうと、一族郎党を食わせていくため、功名を目指して遮二無二突き進むよりありません。
「行くぞ!雑草魂を見せてやる!」
見逃してくれたのをこれ幸いと、義村たち七人は夜通し駆けて峰々を越えて行ったのでした。
【続く】
※参考文献:
貴志正造 訳注『新版 全訳 吾妻鏡 第二巻 自巻第八 至巻十六』新人物往来社、2011年11月30日
細川重男『頼朝の武士団 将軍・御家人たちと本拠地・鎌倉』洋泉社、2012年8月20日
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