低出生体重児で生まれた赤ちゃん約6500人の命を救った“ニセ医者”がいる(ドイツ・アメリカ) (1/3ページ)
image credit:New York Public Library
現在ほど医学が進歩していなかった19世紀後半~20世紀前半にかけて、およそ6500人の低出生体重児として生まれた赤ちゃんの命を救った男性がいる。
医学教育も受けておらず医師免許も持たなかったドイツ人男性はアメリカに渡り、当時開発されたばかりの保育器を普及させるべく尽力した。
低出生体重児の治療費を稼ぐため、保育器に入れた赤ちゃんたちを展示し話題を呼び、後の小児医療にも大きな変革をもたらしたのだ。
・保育器で赤ちゃんの治療を試みる
19世紀後半に未熟児(現代の低出生体重児、極低出生体重児、超低出生体重児)として生まれた子供は、医師の対処方法に関する十分な知識がなかったことから、生き残れる確率は今よりもずっと低かった。医師に育たないと宣告された家族は我が子が生きていくことを諦めざるを得ない状況にあったそうだ。
そんな未熟児たちを救ったのが、ドイツ人男性のマーティン・クーニーだった。彼は、ヨーロッパで保育器を普及させたフランス人名医ピエール=コンスタンタン・ブーダンの弟子だったと自称していたが、実は医学教育を一切受けておらず、医師免許も持っていなかった。
クーニーはいわゆる「ニセ医者」と呼ばれる存在だったが、未熟児で生まれた子供たちを救いたい気持ちは人一倍強かった。
クーニーは、1880年代にパリで初導入された保育器を普及させるべく、1896年、ベルリンで保育器に入れた未熟児たちの展覧会を行い、話題を呼んだ。