元大関・豪栄道インタビュー「最後の土俵で思ったこと」 (2/3ページ)
大関陥落が決まり今場所で最後なんだと思ったときに、今まで応援してくれていた人たちに対して、しっかりとした相撲を取らなければ失礼だと思い、残り3日の土俵に上がったんです。
春場所については、「大関から落ちたら引退」と決めているのに、“春場所で復帰を目指す”と、自分の意志を曲げてしまったら、この先の人生に甘えが出てしまうようにも思えたんです。それで、きっぱり初場所で引退しようと決めたんです。ただ、自分勝手なワガママで引退してしまい、申し訳ないという気持ちは今もあります。
■最後の取り組みについて
ーー現役最後となった初場所千秋楽は、若手・阿武咲との対戦。国技館には、豪栄道コールが響いていましたね。
武 東京でのコールって珍しいんです。この一番で引退することは自分だけで決めていたことだったので、なんでコールが起こったのかは分からなかったんですけどね。それまでは土俵上で感傷的になることもなかったのに、このときの豪栄道コールは心にめちゃくちゃ響いて、涙が流れそうになりました。今思えば、相撲を取る前にそんな心境になること自体、勝負師としては終わっていたんでしょうね。阿武咲との取り組みにしても、自分の一番得意だった形で組めたのに、柔道の一本負けのような下手投げでやられてしまいましたからね。
勝負の世界は単純です。勝てないということは実力がないということ。弱くなったから負け越して、弱くなったから引退した。それだけだと思います。
ーー親方のそうした勝負師としての思いも、多くの人に応援されてきた部分だと思います。15年の現役生活の中で、記憶に残っている取り組みはありますか。
武 自分の中でターニングポイントになったと思うのは、12年春場所。このとき自分は前頭6枚目だったんですが、千秋楽に大関・鶴竜関と対戦して、いい相撲で勝ったんです。これがすごく自信になって、次の場所で関脇に上がって、そこからも長かったんですが(笑)、関脇から落ちることはなかったんですよ。
ーー大関昇進となったのは14年でしたね。