長嶋茂雄「六大学新記録と南海を逆転した巨人スカウト陣の秘策」 (4/5ページ)
ストライクが来れば打ってやるとバットを構えた。内角低めのカーブをすくい上げると、打球はレフトスタンドにライナーで飛び込みました〉(『読売新聞』インタビューより)
タイ記録達成から88打席目で記録更新。大学通算第8号ホームランだった。〈一塁ベースを回ったところで、打球がスタンドに入ったのがわかりました。頭の中はもう真っ白で、舞いあがりながらベースを一周しました〉(前同)
三塁ランナーコーチの浅井靖と、途中まで肩を組みながらホームインした長嶋。実はこのホームラン、浅井のバットを借りて打ったものだった。「気分転換で浅井のバットを借りた」というから、いかにも“ひらめきの人”長嶋らしい。浅井のバットはいわゆるタイカッブ型で、長嶋はほとんど使ったことがなかった。
終わってみれば、3割3分3厘で2度目の首位打者。2度の首位打者は、戦後初の快挙だった。長嶋は、立教大学野球部史に、こう寄稿している。〈あのシーズンは8号ホームランのことで頭がいっぱいで、その焦りのためかヒットがなかなか出なかった〉
ファンやマスコミの期待を一身に受けた長嶋。8号の重圧は、想像を絶するもだったのだろう。ちなみに、現在の東京六大学の通算ホームラン記録は、高橋由伸の23本。その前は田淵幸一(22本)だった。これと比べると、長嶋の8本はかすんでしまうように思えるが、さにあらず。「当時の神宮は両翼が10メートルも遠くて、左中間、右中間とも広かった。しかも、ボールはあまり飛ばなかった。8本がいかにすごいか分かる」(古参記者)
■できれば巨人でやりたい
話をプロスカウトの長嶋争奪戦に戻そう。西鉄、国鉄以外の10球団がしのぎを削った長嶋争奪戦は、南海が大きくリードしていた。