戦国時代、結婚を拒んで壮絶な最期を遂げた悲劇の美女・藤代御前の怨霊伝説【下】 (4/5ページ)

Japaaan

「おのれ為信……むざむざ殺された夫の無念、なぶりものにされた妹の純潔……我ら一族、これまで忠勤に励みこそすれ、滅ぼされる謂れなどない……この恨み……断じて晴らさでおくべきか……末代まで祟ってやるから、覚えておくがよい!」

最後の一人となって戦い抜いた藤代御前の怨念に恐れをなした兵士たちは、これでもか、これでもかと彼女の遺骸を斬り刻み、あっという間に肉泥(ミンチ)とされてしまいました。

これでは首実検のしようもなく、ズタズタに切り刻まれたグロテスクな遺骸にうんざりした為信は、岩木川のほとりに埋葬させたのですが、話はこれで終わりません。

それから歳月も流れ、悲劇の記憶も風化しつつあった慶長十二1607年、京都に赴任していた為信の嫡男・津軽平太郎信建(へいたろう のぶたけ)が病に倒れてしまいました。

護摩も祈祷も効果がなく、どんな名医に見せても匙を投げる重篤な状態と知った為信は、居ても立っても居られず、病身を引きずってはるばる京都まで見舞いに行きますが、それでも快復する事はありません。

「父上……」「平太郎―っ!」

かくして慶長十二1607年10月13日、信建は34歳で生涯に幕を下ろします。最晩年に愛する嫡男を喪い、悲嘆に暮れる為信の前に、女の亡霊が現れました。狂い笑うその正体は、もちろん藤代御前です。

為信の前に現れた藤代御前の怨霊(イメージ)。

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