長嶋茂雄、野村克也、落合博満…甲子園に行けなかった「プロ野球スーパースター列伝」 (2/6ページ)

日刊大衆

すごいヤツが出てきたと思った」

 このホームランを長嶋の父・利さんが現場で目撃。翌年、他界した利さんにとっては、直接見た長嶋の唯一ホームランとなった。

 そして、選手としても監督しても球史に名を刻んだ野村克也も甲子園未経験組。「野村の在籍した京都府立峰山高校は弱小中の弱小チーム。1年時は捕手として、2人の投手をリードしたものの、1回戦で立命館神山に1-12でコールド負け。2年時は2回戦で洛北に1-8で敗退。3年時は3回戦まで進みましたが、洛陽に0-6で8回日没コールドで敗れ、甲子園など夢のまた夢という状況でした」(スポーツ紙デスク)

 しかし、高校卒業後、南海に契約金ゼロのテスト生として入団してから、我らがノムさんの躍進が始まる。「ブルペン捕手から始まり、努力に努力を重ねてレギュラーの地位を勝ち取り、三冠王を獲得するまでに成長。名将の名をほしいままにしました」(前同)

 この2月、天寿を全うしたが、球界の宝が喪失したことで、日本中が落胆したことは記憶に新しい。

 プロ野球史上唯一の3000本安打の男、張本勲も甲子園には縁がなかった。「野球で身を立てようと広島から大阪の浪華商業に進学したのに、1年生のときは出場停止、2年時は出場辞退、3年時は大阪大会で優勝しましたが、甲子園大会直前に暴力事件で休部と、結局、一度も甲子園の土を踏むことはなかったんです」(スポーツ紙記者)

 だが張本は見事、プロ入りする。その経緯はこうだ。「浪商の中島監督と巨人の水原茂監督は、シベリア抑留時代に捕虜収容所で一緒になった仲。張本の打撃力に惚れた水原さんは張本を中退させて巨人にスカウトしようとまでした。家族の“高校卒業”の希望から、その計画は頓挫しましたが、その実力が買われ、高校卒業後、東映入り。

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