誰かが不幸になる「人事」はもうやめよう (7/7ページ)
須古:そうです。もちろん100%適合する人はいませんし、どんな人も得意なこと苦手なことがあります。個にフォーカスして、それぞれが持っている「ヒューマン・コア」を尊重し、相補的に生かすのがダイバーシティ時代の勝ち方なんです。
――人の内面を「ヒューマン・コア」と「マインド」に分ける考え方はすごく納得できます。内面のことって、結構「マインド」の一言で括られてしまったりするので。
田路:よく「モチベーションを高めれば行動を変えられる」と言われますよね。私はそれにすごく違和感を持っていたのですが、須古さんが整理して下さった考え方はとても共感できました。
ただ、皆さんには「人間の本質、つまりヒューマン・コアは絶対に変わらないもの」と固定的に考えていただきたくはなくて、マインドセットを変えることによって行動を変えることができる。そしてその行動が習慣化すれば、実は緩やかにヒューマン・コアにも影響してくるんです。つまり、習慣化によってヒューマン・コアは、なりたい自分に向かって変えることができるものでもあるんです。須古さんが「ヒューマン・コアを見抜くプロ」だとしたら、僕は「なりたい自分になっていただくプロ」なんです。
須古:この本の中で「ヒューマン・コア」と「マインド」の関係を書いた背景には、「コンピテンシー」の課題が顕在化されてきたということもあるんです。コンピテンシーは本来「頭の良さよりも行動の方が、さらに表層的な行動よりも行動の根源的な土台であるヒューマン・コアの方が、より業績との間の相関・因果関係が高かった」という概念だと整理できるのですが、時代と共に、学者によって様々な考え方が示され、コンピテンシーの定義がグチャグチャになってしまったんです。ある学者はコンピテンシーとは行動傾向(発揮される行動自体の癖)のことであると定義し、ある学者は行動の構成概念である性格特性や動機から行動傾向までを全て含むと定義し(この場合、行動特性と言われることが多い)、ある学者は個人の特性であると定義し、といった具合です。この混乱は、コンサルティングによっても言うことが違うということになり、人事の現場にも混乱を招いてしまいました。
今、コンピテンシーの概念そのものが揺らいでいると言える訳で、新たに整理すべき段階に来ていると感じています。コンピテンシーではあやふやな領域であった内面、特にその深層部のヒューマン・コアにフォーカスし、もう一度整理してみる必要があると考えているんです。
(新刊JP編集部)