踏みにじられた貞操…戊辰戦争で活躍するも、敵の手に落ちた神保雪子の悲劇【中】 (5/6ページ)
そして2月21日、一刻も早く処断すべしと謀る有志によって、容保が知らない内に三田下屋敷へ移送された修理は、偽命(ぎめい。主君・容保が出していない、偽りの命令)によって切腹を申し付けられます。
もはや孤立無援……かくなる上は潔く死のうと、修理は勝海舟に宛てて遺書を送っています。
「一死もとより甘んず。しかれども向後奸邪を得て忠良志しを失はん。すなはち我国の再興は期し難し。君等力を国家に報ゆることに努めよ。真に吾れの願うところなり。生死君に報ず、何ぞ愁うるにたらん。人臣の節義は斃れてのち休む。遺言す、後世吾れを弔う者、請う岳飛の罪あらざらんことをみよ」
※『旧会津藩先賢遺墨附伝』より
【意訳】死ぬことは元から覚悟している。しかし邪な企みによって忠義の志を失い、日本の再興は難しくなった。どうか君たちは生き残って、日本のために力を尽くすことを願っている。主君のために死ぬのだから、何の愁いがあろうか。人間である家臣の忠義は、死んで初めて完遂されるのだ。最後に遺言しておく。後世に私を弔ってくれる者は、どうか岳飛の哀しみを知って欲しい。
岳飛(がく ひ。崇寧二1103年~紹興十一1142年)とは南宋(なんそう。中国古代王朝)に仕え、大いに活躍したものの、敵国に買収された奸臣の讒言によって無実の罪に死んでいった悲劇の名将として知られています。