プロ野球「名勝負&オールスター珍事件」舞台裏 (2/5ページ)

日刊大衆

後日、本人も“まだ試行錯誤の段階で、土橋さんという一流投手から一発を打てたことがどれほど自信になったか”と振り返っていました」(前同)

 そして王は、こう付け加えたという。「あのホームランを打ったゲームが、オールスター戦で一番印象深いですね」

 この球宴初アーチこそ、一本足打法の原点とも言えるのだ。そんな“世界の王”も、オールスター戦で「27打席連続ノーヒット」だったことがある。立役者は、南海の正捕手・野村克也だ。「人気のセ・リーグには負けないという意地もあったんでしょう。ノムさんにとって、球宴は真剣勝負の場。特に王さんについてはきっちり弱点を見つけ、日本シリーズさながらの厳しい配球で抑え込みました」(スポーツライター)

 野村本人は“セの捕手が王攻略法を見習ってくれないから、俺の記録が抜かれた”とボヤいていたとか。「もっともノムさんは、ペナントに役立てるため、味方であるパ投手陣のクセの観察にも余念がありませんでした。ただ、稲尾(和久)さん(西鉄)だけは、それを見抜き、ノムさんのリードに従わなかったようです(笑)」(前同)

 ちなみに野村は、史上最多となる「球宴通算48安打」、42歳だった77年には「最年長MVP獲得」と、偉大な記録も残している。

■「お祭り男」と呼ばれた選手たち

 さて、オールスター戦には、出場するたびに見せ場を作る「お祭り男」と呼ばれた選手たちがいる。「初代は16回出場でMVP3回獲得の山内一弘(大毎他)。広島にも所属した山内から、背番号『8』を受け継いだ山本浩二(広島)が、お祭り男の称号も継承しました」(球界関係者)

 そして、史上最多の「球宴通算14本塁打」をマークした山本の後を継いだのが、これも史上最多となる「通算MVP7回獲得」の清原和博(西武他)である。

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