水戸黄門もお気に入り?羊羹で有名な和菓子の老舗「とらや(虎屋)」5世紀の歴史! (2/6ページ)
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とらや

虎屋の歴代店主が深く信仰していた毘沙門天。河鍋暁翠「毘沙門天寅狩之図」
また、虎は毘沙門天と非常に深い関りがあり、歴代店主が事あるごとに毘沙門天へ祈願している記録から、毘沙門天に対する信仰から名づけられたとも言われているようです。
そんな虎屋は第107代・後陽成(ごようぜい)天皇が即位された天正十四1586年ごろから、御所の御用を務めたことで名声を高め、今日も皇室御用達として、篤い信頼関係を築き上げています。
虎屋が見届けた戦国乱世の終焉しかし、和菓子づくり一筋に見える虎屋も、戦国乱世を生き抜いた老舗とあって、武士や合戦とまったくの無縁ではなかったようです。
例えば慶長五1600年、関ヶ原の合戦で敗れた西軍の武将・石川備前守光吉(いしかわ びぜんのかみ みつよし。尾張犬山城主)を東軍の討手より匿い、妙心寺(現:京都市右京区)へ逃がしたエピソードが残されています。
※ちなみに、光吉の弟には賤ケ岳の合戦で壮絶な討死を遂げた石川兵助一光(へいすけ かずみつ)や、石川流忍術の祖とも言われる石川長松一宗(ながまつ かずむね)がいます。