水戸黄門もお気に入り?羊羹で有名な和菓子の老舗「とらや(虎屋)」5世紀の歴史! (4/6ページ)
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とらや
延宝二1674年
鐶虎紋(※1)の入った井籠(※2)の外箱が制作される(現存)。
天和四1684年
井原西鶴(いはら さいかく)の浮世草子『諸艶大鑑(しょえんおおかがみ)』に「虎屋の羊羹」が登場する。
貞享四1687年
大嘗会(※3)にお供えする和菓子を奉納する
元禄元1688年
徳川光圀(とくがわ みつくに。水戸黄門)が霊元(れいげん)上皇に虎屋の大饅頭を献上

水戸黄門こと徳川光圀。ちょっといかつい感じだけど、虎屋の甘味を贔屓にしていたのかも?Wikipediaより。
正徳四1714年
五代目店主・光冨が江戸に支店を出すも、翌1715年早々に撤退。
※上方の味覚が江戸っ子の口に合わなかったのでしょうか。この事業失敗が心身にダメージを与えたのか、光冨はその翌1716年に亡くなってしまいます。
安永五1776年
現在のパッケージデザインの元になった蒔絵の虎が描かれた雛井籠(※2)が作られる(現存)。
安政七1860年
和宮(かずのみや)の御月見儀式に月見まんじゅうを納める
※ちょうどこの頃は徳川将軍家への降嫁直前であり、結婚が嫌で憂鬱な和宮を少しでも御慰めしたい気持ちで、虎屋でも丹誠込めて和菓子が作られたことでしょう。