「俺を総大将にしろ!」天下一の傾奇者?それともうつけ者?信長の甥・織田頼長の武勇伝【下】 (4/6ページ)

Japaaan

「あの、表に怖いお侍さんが来ていますが」「あぁ、治郎兵衛たちだろ。放っておけ」陣中でダラダラ、もとい病に臥せる孫十郎(イメージ)。

「おい、孫十郎!」「そなたは将としての自覚がないのか!」

「……何だよ、うるっせえな。病気だっつってんだろ」

そんな大将同士の不和が陣中に蔓延したのか、ある晩、けっこう派手な喧嘩騒ぎが発生。混乱に乗じて藤堂軍の夜襲を受け、甚大な被害を出してしまいます。

「だから言っただろうが、俺を総大将にしておけばよかったのに!」

「吐(ぬ)かせ!与えられた役目が不満で放棄するような奴に、重責を任せられるか!」

やがて父・長益らの努力もあって徳川方との和議が成立し、いわゆる「大阪冬の陣」が終結。まずは一安心ですが、孫十郎のワガママは止まりません。

「このまま徳川の好きにさせてなるものか!今度こそ俺が総大将で、いま一戦交えてやろうぜ!次は勝てる!」

孫十郎の大言壮語はさておき、豊臣方でも決戦を望む声が大きく、もはや抑えきれぬと諦めた長益は、諸将と喧嘩別れした孫十郎を連れて大阪城を退去

そして慶長二十1615年「大阪夏の陣」によって大阪城は陥落、豊臣家は滅亡したのでした。

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