「俺を総大将にしろ!」天下一の傾奇者?それともうつけ者?信長の甥・織田頼長の武勇伝【下】 (1/6ページ)

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「俺を総大将にしろ!」天下一の傾奇者?それともうつけ者?信長の甥・織田頼長の武勇伝【下】

前回のあらすじ 天下一の傾奇者?それともただのうつけ者?信長の甥・織田頼長の武勇伝【上】

時は戦国時代末期、織田孫十郎頼長(おだ まごじゅうろう よりなが)は「親の七光りで敷かれたレールの上を走る人生は嫌だ」と、偉大なる伯父・織田信長(のぶなが)を超える「天下一の傾奇者」を目指して遊興三昧。

一方、庶子ゆえに家督を継げない兄・織田源二郎長孝(げんじろう ながたか)は地道に精進して家を興し、関ヶ原の合戦(慶長五1600年)では徳川家康(とくがわ いえやす)率いる東軍に属し、敵将を討ち取る大手柄で1万石の大名に出世します。

大事な嫡男だから、と天下分け目の大戦に出陣させてもらえず、手柄の機会を逃してしまった孫十郎は、庶兄・源二郎への対抗心から、反・徳川の意思を固めていくのでした……。

待ちに待った手柄のチャンス?大阪の陣に参戦するも……。

さて、関ヶ原が終わってからしばらく、身の回りにこれと言った戦さもなく、孫十郎は豊臣秀頼(とよとみ ひでより)に仕える退屈な日々を送っていました。

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