コント赤信号・渡辺正行vsダチョウ倶楽部「夏の大爆笑スペシャル対談」 (4/6ページ)
上島 僕が覚えてるのは、そうした人たちはみんな、一緒に出てた『ウッチャンナンチャン』を評価してたんですよ。「ウンナンは最高だ」って。でも、渡辺さんと肥後の師匠の杉兵助先生だけは「いや、今日はダチョウが一番よかった」って褒めてくれた。あれはホントうれしかったなあ。
寺門 僕と上島は道劇で何度か会っただけで、直属の弟子でもないのに、なんか優しくしてくれたよね。
肥後 道劇は杉先生がいたから、お笑い芸人に対してすごく優しかった。
渡辺 俺が22歳で道劇に入った当時、先生は60代前半だったんだけど、歯が1本しかなくてヨボヨボ。初めは「こんなジジイが師匠なのか……」って落胆したもんだよ(笑)。でも、たけしさんが一度だけ、道劇の楽屋まで先生に会いに来たことがあってね。
上島 えーっ!?
渡辺 あるとき、たけしさんが先生の昔のネタをテレビでやったんだって。その報告のために、あいさつに来てくれたんだよね。
寺門 すごいっすね!
渡辺 そのときばかりは、「あのたけしさんがわざわざあいさつに来るなんて。この人、ただのジジイじゃないな」と思ったよ(笑)。
■東のお笑いを作った先駆者
――ダチョウ倶楽部が3人組になったいきさつは?
肥後 南部さんが87年頃に脱退した理由はいろいろあるんですけど、どんどん過激な方向に行こうとしたんですよね。
上島 南部さんから夜中に電話がかかってきて、いきなり「竜ちゃん、ビー玉4個飲めるか?」って(笑)。すぐ断ったら、「面白くねえな、おまえは!」って突き放されて……。ちょっと悩んだもんね(笑)。
寺門 俺は「金魚4匹飲め!」って言われた(笑)。