コント赤信号・渡辺正行vsダチョウ倶楽部「夏の大爆笑スペシャル対談」 (5/6ページ)
肥後 それで、南部さんに、「僕らはテレビのゴールデンタイムに出演できるようなアットホームな芸人になりたいんです!」と伝えて、袂を分かったんです。
渡辺 そうなんだ〜。
肥後 ところがその数年後、『お笑いウルトラクイズ』(日本テレビ系)で、リアクション芸人として南部さんと共演するという(笑)。
寺門 袂を分かったのにクロスしちゃった。分かんないねえ、世の中は(笑)。
渡辺 3人組になったときは心配したけど、ラ・ママで、すごくウケたんだよね。そのとき肥後がリーダーになったのは、なんで?
肥後 いろいろ話し合ったんですが、コント赤信号と同じく、3人組で一番背が高かったからですね。
渡辺 全然、話し合いじゃないじゃん。それに、俺は背が高いからリーダーになったわけじゃないし(笑)。
上島 でも、ネタ作りをするとき、しっかりとまとめて構成できるのが、うちのリーダーだったんです。
渡辺 そこは俺と一緒だね。
肥後 実は僕、コントの作り方を渡辺さんから学んだんですよ。赤信号は売れた後も、深夜に道劇の楽屋で稽古をすることがあって、それをずっと見てたんです。そこで寝泊まりしてたから、「早く帰ってくれよ」とも思ってたけど(笑)。
渡辺 ネタを作っては壊し、作っては壊しって、延々やってたからね。
肥後 僕はそこで学んだわけだけど、確実に言えるのは、渡辺さんが新人コント大会を始めてなかったら、今の東のお笑いはないね。
渡辺 いやいや、俺としては、若い人が若い人の前でお笑いをやる場を作ろうと思っただけなんだけどね。
寺門 それがすごいですよ。