コント赤信号・渡辺正行vsダチョウ倶楽部「夏の大爆笑スペシャル対談」 (1/6ページ)
本誌で大好評連載中の『コント赤信号 渡辺正行スター芸人たちの“笑いと涙”』。今回は、その特別編として、渡辺リーダーとお笑いトリオ『ダチョウ倶楽部』との対談が実現! ダチョウ倶楽部結成にまつわるリーダーとの因縁から、現在のスターたちの若かりし日の秘話まで爆笑エピソード満載です!!
渡辺 肥後は、コント赤信号が芸人修業をしたストリップ劇場「渋谷道頓堀劇場(以下、道劇)」の弟弟子。上島と寺門が劇団「テアトル・エコー」の後輩なんだよね。
肥後 83年頃、芸人になりたくて道劇に行ったんですよ。でも、「芸人がたくさんいるからギャラは出せない」と言われて、最初はお笑いの勉強をしたり、雑用をするぐらいでしたね。
渡辺 そうだったっけ?
肥後 はい。で、売れて忙しくなった赤信号が道劇の専属から抜けるとき、その枠に僕が入ることになった。ギャラは月15万円くらいで、踊り子さんの肩を揉めば小遣いがもらえるし、貯金もできるし、「一生このままでいいかな」って(笑)。
渡辺 それ、売れる前の俺と一緒だよ(笑)。
寺門 その頃、僕と上島は道劇の狭い部屋で渡辺さんと初めて会ったんです。
上島「劇団の後輩なんです。コントの勉強をしてるので見てください」って言ってね。僕らが7期生で、渡辺さんは2期生?
渡辺 そう、元ダチョウ倶楽部の南部虎弾(現『電撃ネットワーク』)と同期。
上島 渡辺さんはテレビにたくさん出てて、もうスターでした。