王貞治、KKコンビ、ハンカチ王子…夏の甲子園「伝説の名勝負」舞台裏 (4/6ページ)
だから、甲子園に行ってからのほうが気持ち的には楽でした」
スター軍団のPLは順調に勝ち進み、決勝戦で強豪の常総学院(茨城)と対戦する。「この試合は、ケガをした三塁の深瀬に代わって、2年の宮本が入った。だから宮本を盛り立てようと、チームが一丸になったという思い出があります。そんな宮本が堅実なプレーを繰り返して、アウトを取ってくれたのが一番印象に残っていますね」(前同)
試合は、序盤からPLが得点を重ね、最後は5対2で押し切って勝利。見事、春夏連覇を達成する。「史上4校目という甲子園の春夏連覇は、やっぱり、とてつもないこと。桑田さん、清原さんがいた時代にも達成できなかったことですからね。とにかく感激しました」(同)
■スター同士が対決!
PLのみならず、夏の甲子園は、多くのスター選手を生んだ。1974年の第56回大会では、準々決勝で鹿児島実業(鹿児島)と東海大相模(神奈川)が対戦。大会後、ともに“甲子園のアイドル”となり、やがて“巨人の大スター”にもなる、鹿実のエース・定岡正二と、東海大相模の主砲・原辰徳が相まみえた。試合は延長15回までもつれたが、5対4で鹿実が勝利。強力打線を相手に、15回を投げ抜いた定岡の力投が光る一戦だった。
スター同士の対決といえば、1981年の第63回大会。これも、のちにプロ入りを果たす2人、報徳学園(兵庫)の金村義明と、早実(東東京)の荒木大輔の投げ合いも、球史に残る名勝負だろう。前年、1年生エースとして“大ちゃんフィーバー”を巻き起こしていた荒木。報徳のエースで4番だった金村は、こう振り返る。「当時の荒木は、同じ高校生でも超のつくスーパースター。でも、僕らにしてみれば1年後輩だし、めちゃくちゃジェラシーを感じていましたから、彼だけには絶対に負けたくなかった」
両者、一歩も引かず、試合は0対0のスコアが続く投手戦に。均衡を破ったのは早実だった。「7回、8回でアッという間に4点取られて“もう負けた”と思いました。