源頼朝の遺志を受け継ぎ武士の世を実現「鎌倉殿の13人」北条義時の生涯を追う【六】 (3/7ページ)

Japaaan

「兄上!微力ながら助太刀に参りました!」颯爽と現れた九郎義経。

「兄上、この日をずっと心待ちにしておりました」

「我もまた思いは同じ……共に平家を討ち滅ぼし、父上(平治の乱で命を落とした源義朝)の仇をとろうぞ!」

「はい!」

手を取り合う兄弟の様子は、かつて奥州征伐(後三年の役。永保三1083年~寛治元1087年)で遠路はるばる兄・源義家(よしいえ。頼朝の高祖父)の加勢に駆けつけた源義光(よしみつ)を彷彿とさせる感動シーンだったと伝わります。

ちなみに、義経が引き連れていた20名という人数は軍記物語『源平盛衰記』によるもので、『吾妻鏡』では義経一人だけとされており、その場合、義経は一の家来として有名な武蔵坊弁慶(むさしぼう べんけい)をはじめ、家来たちとまだ出会っていなかったか、あるいはついて来てくれなかったことになります。

※もしかしたら、ちゃんとついて来ていたけど、遠慮して(あるいは警戒されないよう)面会が許されるまで、どこかに控えていたのかも知れません。

こうして準備万端整った源氏の軍勢は、いよいよ平家との決戦に臨むのでした。

敗走する平家軍を追撃したい頼朝だが……

そんな治承四1180年10月20日、平家の陣中で異変が発生しました。

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