源頼朝の遺志を受け継ぎ武士の世を実現「鎌倉殿の13人」北条義時の生涯を追う【六】 (5/7ページ)
「ようし!このまま一気に上洛して、平家一門ことごとく……」
おぅ!……血気盛んな義時もワクワクしましたが、そんな若武者たちに、宿老らが「待った」をかけます。
「お待ち下され……坂東にはまだ常陸国(現:茨城県)の佐竹(さたけ)らも敵対しておりますし、背後を衝かれ、鎌倉を奪われてしまっては元も子もなくなります。まずは坂東の勢力基盤を固め、上洛はそれからでも遅くはございませぬ」
いつの世も、若者はとかく派手なことをしたがるものですが、勢い余って足下をすくわれ、破滅していった者のいかに多いことか……それこそ、かつて坂東に覇を唱えて「新皇」を称したものの、足元の脆弱さゆえに滅ぼされた平将門(たいらの まさかど)のように。
かつて坂東に覇を唱えたが、基盤の脆さゆえに滅び去った「新皇」平将門。
いっときの勢いだけではダメなのです。もしこの進言を聞き入れなければ、頼朝は京都で討死したか、あるいは御家人たちに見放されていたことでしょう。
上洛したい頼朝と、坂東に根を張りたい御家人たち「……相分かった。なれば坂東の地固めと参ろうぞ」
幸いにして進言を聞き容れた頼朝は鎌倉へと引き揚げて行きましたが、実は御家人たちの狙いは別のところにありました。