源頼朝の遺志を受け継ぎ武士の世を実現「鎌倉殿の13人」北条義時の生涯を追う【六】 (2/7ページ)
討死)のことは無念であったが……」
「いえ、今は大戦さの前なれば、敵の首級をこそ手向けましょうぞ」
にらみ合う源平の両軍。歌川国芳「源平盛衰記 駿河国富士川合戦」より。
「……そうだな」
再会を喜ぶ頼朝主従の元へ、土肥次郎実平(どい じろうさねひら)がやって来ました。
「佐殿。表で怪しい若者が面会を求めておるのですが……」
聞けば年のころは二十歳前後で容姿は云々、20名ばかりの供を連れているとの事でした。
「いかが致しましょう。追い返しますか?」
「いや……もしかして、以前に平家の追手を逃れて奥州で匿われていた弟の九郎では……?」
此度の挙兵を聞いて、加勢に駆けつけてくれたんだきっと……そう確信した頼朝でしたが、生き別れた時点(平時元1160年)で赤ん坊だった弟がどのように成長したかなんて分かるものなんでしょうか(まぁ、後世の演出でしょう)。
果たして面会してみると確かに弟の九郎で、今は元服して源義経(よしつね)と名乗っていました。