2021年のオリンピック開催は是か非か コロナ禍で問い直されるスポーツの意義 (4/6ページ)

新刊JP

そして毛沢東率いる共産党軍との激しい戦闘で戦死。その墓碑には陸軍大将が揮毫した「皇国青年の士気を昂揚す」の言葉が刻まれ、新聞の訃報記事には「壮烈鬼神の散華」「短距離の至宝 鈴木君聖戦に散る」の見出しが躍った。国もメディアも、アスリートたちを容赦なく戦意高揚のために利用したのである。

■「スポーツは兵士育成を目的とすべき」という国家に抵抗した男

一方で、当時のスポーツ界には、時代の風向きに抵抗する人物もいた。

水泳代表チームの監督だった松澤一鶴(まつざわいっかく)だ。ロサンゼルス大会で男子6種目中5種目、ベルリン大会でも、3種目、女子では前畑秀子が女子で初めて金メダルを獲得する、史上最強の水泳チームを育てた名伯楽である。

アスリートの死でさえ戦意高揚に利用される世の中だから、競技そのものも例外ではない。スポーツは楽しむものではなく、「国防競技」という戦争を遂行するための兵士育成を目的としたものであるべきだという意見が、戦時下では強く主張されるようになっていた。

そんななか、松澤は一風変わった主張を繰り広げる。

「スポーツを戦争に役立つ能力の養成に使うのはいい。しかし、スポーツが本来持つ競技性や楽しさを切り捨てるべきではない」

松澤は、スポーツは国家に役立つものであるべきだという国の意向には従う姿勢を見せつつ、純粋な競技としてのスポーツを守ろうとした。

松澤が非戦・反戦の立場だったかどうかは定かではない。しかし松澤の戦時中の言葉が残っている。

〈「より速く、より高く、より強く。」
これこそスポーツの真の精神であり、スポーツマンが人生に臨む真の姿であろう。そこにこそ躍動があり発展があり、真の生命があるのではないか。〉

スポーツが国策に蹂躙され、その後、戦争によって14人もの教え子の命が失われた経験は大きな悔恨を残したに違いない。

こんなことはもう、二度と起こしてはならない。幻のオリンピックから24年後、松澤の思いは、大会組織委としてかかわった1964年の東京オリンピックで結実する。

「2021年のオリンピック開催は是か非か コロナ禍で問い直されるスポーツの意義」のページです。デイリーニュースオンラインは、カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る