冥途もお供いたします…政略結婚にも愛はあった。武田家滅亡に殉じた悲劇のヒロイン・北条夫人【下】 (2/8ページ)
勝頼に見殺しとされ、自害に追い込まれた上杉景虎(イメージ)。
しかし、天正六1578年に越後国(現:新潟県)の上杉家で御家騒動(御館の乱)が勃発すると、勝頼は欲に目がくらんで上杉景勝(うえすぎ かげかつ)を支援、北条夫人の兄である上杉景虎(かげとら)を見殺しにしてしまいます。
もちろん、勝頼なりの考えあっての事でしょうが、これが後に武田家を滅ぼす決定打となってしまうのでした……。
東西から挟撃される勝頼、必死の外交奔走「おのれ武田め、裏切りおったな!」
景虎を見殺しにしたことで、北条家は当然の如くカンカンに怒り狂って同盟を破棄。しばしば武田領へ侵略するようになってしまいます。
この動きを察知した織田・徳川も北条と呼応して、武田家の領地を東西から交互に侵略。東から北条が攻め込めばそれに対処し、撃退したと思ったら今度は西から織田・徳川がやって来て……その対応で勝頼は翻弄されることに。
……で、北条家を敵に回してまで同盟を組んだ景勝はどうかと言うと、なにぶん義理堅いのは結構ですが、いかんせん遠すぎて援軍が間に合わず、せっかくの軍事同盟なのに、ほとんど機能しませんでした。