我が肌は上様だけのもの…徳川家光への男色に殉じた堀田正盛の壮絶な最期 (2/5ページ)
家光はどちらかと言えば屈強な男性を好んだようで、もしかしたら幼少時に自分を可愛がってくれた偉大な祖父・徳川家康(いえやす)のような「英雄」への憧れがあったのかも知れません。
さて、そんな家光が元和九1623年に征夷大将軍となると、15歳の正盛(慶長十三1609年12月11日生まれ)を小姓に取立てて寵愛、5千石の領地を与えます。
実はこの正盛、以前に加賀国の前田家へ仕官を望んだものの色黒であったために断られており、そこが却って家光の目に留まったと言いますから、まさに「塞翁が馬」と言えるでしょう。
それからと言うもの、正盛は目を見張るスピード出世を果たしますが、ざっと年表にしてみると、その凄さが実感できます。