ひどすぎる!戦国時代の名軍師・山本勘助が養父に勘当されてしまった理由とは? (4/4ページ)
この時、猪の牙によって片目を失ったとも言われている。歌川国芳「忠孝名誉奇人譚 山本勘助」より。
時には身体が辛かったり、あるいは容姿を笑われたりなど少なからず困難もあったでしょうが、それでも長旅を乗り越え、ようやく帰って来た勘助を待っていたのは……貞次からの勘当(かんどう。親子の縁を切る)宣告でした。
「何ゆえにございますか!?」
命じられるままに旅へ出て、帰ってきたら勘当だなんて、いくらなんでもあんまり過ぎます。せめて理由を……取りすがる勘助に、貞次は冷たく言い放ちます。
「そなたが出て行ったあと、間もなく嫡男が生まれたのじゃ。よってそなたは用済み。以上!」
「……そんな……」
大林家の跡取りに相応しい武士となれるよう、ずっと精進してきた結果がこの仕打ち……勘助の絶望は想像するにあまりあります。
その後、信玄公との出逢いによってその軍才を開花させるまで、勘助の長く苦しい旅路はまだまだ続くのでした。
※参考文献:
笹本正治『軍師 山本勘助【語られた英雄像】』新人物往来社、2006年12月
上野晴朗ら編『山本勘助のすべて』新人物往来社、2006年12月
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