日蓮が太陽のような明るさと生来の前向きさを備えていた理由 (2/5ページ)

心に残る家族葬

いずれにせよ平民であることで、武力衝突などの類に巻き込まれることなく自然に囲まれてのびのびと育つことができたと思われる。武士であった父が夜討ちで殺害され、現世に絶望した法然とは対照的である。梅原猛(1925〜2019)は日蓮の出家の動機が、家庭的不幸ではなかったことで「彼には影がない」とし、「どんな苦難の中にあっても驚くほど快活で明朗」「太陽のような明るさ」を持つことができたと指摘している。

■獅子吼する日蓮

日蓮に絶望は無かった。それ故にこの世から逃げるのではなく、この世・この地を憂う気持ちがあった。末法思想の蔓延する現世を、自らが絶対の真理と信じる「法華経」の教えによって浄化するべく立ち上がった。日蓮は自分の使命に目覚めたその日、昇る太陽に向かって「南無妙法蓮華経」の題目を、叫ぶように10度唱えたという。日蓮は獅子吼する。「我、日本の柱とならむ 我、日本の眼目とならむ、我、日本の大船とならむ」(開目抄)。
激烈である。あくまで現世を見据え、現実が駄目なら俺が変えてやると言わんばかりの猛々しさと希望を失わない明るさは、これまでの仏教者には無いものであった。強いて言えばこの世で仏になる「即身成仏」を説いた空海(774〜835 )がやや近い。しかし貴族や従来の奈良仏教とも接近するしたたかな一面を持つ空海とは違い、日蓮は法華経以外の仏法に対し徹底的に批判の矢を打ち込んだ。
日蓮は「念仏無間・禅天魔・律国賊・真言亡国」と各宗派を批判した(四箇格言)。念仏宗は無間地獄に堕ち、禅宗は天魔の類、律宗(南都六宗の一派)は国に仇を為し、真言宗は国を滅ぼすという。当然周りは敵だらけである。しかし日蓮は妥協しない。日蓮にとって国を浄める方法とは法華経の宣布である。法華経の教えが遍く日本全土を包み込んだ時、日本は浄土・仏国土になるとした。その法華経を袖にして他の経典を持って立教するとは何事か。まさに国賊、亡国の輩というわけである。
法華経によって現世を浄化するとは現代の我々には容易には理解し難いが、あるイデオロギーが世界を変えると考えることは珍しくない。社会主義者も我々日本人のような民主主義国家の人間も、それぞれが世界のスタンダードであることが最善だと信じている。
そんな日蓮が神々を叱り飛ばしたという逸話がある。

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