英雄も命が惜しい?天下無双の戦国武将・本多忠勝が三度も「死にたくない」と言った本意 (3/7ページ)
初陣は13歳となった永禄3年(1560年)、桶狭間の戦いで今川義元が織田信長(おだ のぶなが)に討ち取られると、竹千代改め松平元康(もとやす)はドサクサ紛れで独立を回復。信長の盟友として天下人への道のりを歩み出した元康を、忠勝は槍働きをもって大いに助けるのでした。
家康に 過ぎたるものが 二つあり…数々の武功を立てる以降、生涯57回にわたって出陣、姉川の合戦(元亀元・1570年)では朝倉義景(あさくら よしかげ)率いる1万の軍勢に単騎で突撃を敢行、敵の豪傑・真柄十郎左衛門(まがら じゅうろうざゑもん。直隆)を討ち取って武名を馳せます。
また元亀3年(1572年)には一言坂で武田信玄(たけだ しんげん)の軍勢と戦い、圧倒的不利な状況下で敵中突破に成功。その武勇を称えた人々は、こんな狂歌を詠んだそうです。