英雄も命が惜しい?天下無双の戦国武将・本多忠勝が三度も「死にたくない」と言った本意 (5/7ページ)
(※)ちなみにこの鹿の角は本物ではなく、和紙の重ね貼りで造形した上から黒漆を塗り固めたものだそうです。
他にも黒糸縅胴丸具足(くろいとおどしどうまるぐそく)や自分の屠った敵を弔うために肩に大きな数珠をかけた姿で知られ、その姿を見た者たちは、さぞや震え上がったことでしょう。
その後も武勲を重ねた忠勝は、羽柴秀吉(はしば ひでよし)と対立した小牧・長久手の合戦(天正12・1584年)において500の軍勢で秀吉の大軍を足止めし、その武勇に惚れ込んだ秀吉をして「忠勝は絶対に殺すな(生け捕って家臣にしたい)」と言わしめます。
あまりの強さに、敵味方から敬愛された本多忠勝。水野年方 「本多忠勝小牧山軍功図」
天下分け目の関ヶ原合戦(慶長5・1600年)でも90の首級を挙げたと言いますが、この時すでに53歳。