”盛る”という言葉の語源は?「山盛り」ご飯にみる日本人の食への想い (2/6ページ)
さて、昔の人にとって、器を食べ物で満たすことは豊かな実りの象徴であり、とても神聖なことでした。ここから、「盛」の文字は「盛ん(さかん)」という言葉に発展し、宗教的な意味も含むようになっていきます。
宗教的と書くと大げさですが、つまりは、自然の恵みに対する感謝の念ということです。
実際、広辞苑で「盛物(もりもの)」という言葉を引くと、
①器に盛って膳に供える物。
②仏前の菓子・果物などの供物。
という意味があることが確認できます。
盛物という言葉は、現代に生きる私たちにはちょっと耳慣れない言葉ですが、そういえば今でも、葬儀などでは「盛篭(もりかご)」という供物を祭壇に飾ったりしますね。
というわけで、昔の人にとって「盛る」とは器を食べ物でいっぱいに満たすことでした。この時、器に「盛られて」いるのは、ただのモノとしての食べ物ではありません。そこには、豊穣な自然の恵みのパワーや、神様へのお供えに匹敵する神聖さが「盛られて」いたのです。
昔の人は、食べ物を高~く盛っていたさて、先ほど「盛る」という言葉を辞書で引くと「高く盛り付ける」という意味があることが分かると書きましたが、これも日本人の食にとって重要なポイントのひとつです。
有名な『魏志倭人伝』には、「(倭人は) 食飲するに籩豆を用い手食す」とあります。「籩豆」の「籩」は竹製の高坏で「豆」は木製の高坏のことだとされています(※諸説あり)。どちらも高坏なのです。
飲食物を「高く」「盛る」ことは、日本人にとってとても古い習慣だということが、このことから分かります。
先に、「盛る」にはご飯を神様に捧げる意味も含んでいると書きましたが、神様に供える「神饌(しんせん)」には、食べ物を高く盛り付ける「高盛り」にするものが多くあります。
また平安時代に正月に行われたとされる「歯固め」の儀式で使われたお供え物も、すべて「高盛り」です。『類聚雑要抄』によれば、この儀式では六本の高坏の上に皿を置き、そこにイノシシ・シカの肉、タイ・コイなどを山盛りにしたそうです。