”盛る”という言葉の語源は?「山盛り」ご飯にみる日本人の食への想い (5/6ページ)

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このような語源をたどっていくと、昔の人にとってご飯を器に入れることは、高~く積み上げて、美しく装って、そこに神様のパワーを込めることと繋がっていたと思われます。

もちろん、現実としては、ご飯は空腹を満たして疲労を回復させるためのものです。

ただ、昔の日本人にとって、体力の衰えや病気などは、魂の衰え、生気の衰えでもありました。そうしたものを回復させ、生命力を取り戻すために、大晦日や節分などに宗教的儀式を行っていたことは前にも書いたことがあります。

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ですので、高盛り・山盛りにした食事には、衰退した生命力を取り戻す神聖な力がある――というイメージを、昔の日本人は抱いていたのでしょう。

食べ物から神聖な力を得るという考え方は、昔は珍しいものではありませんでした。例えばお正月の鏡餅は「鏡開き」をして食べますが、もともとは、そこに宿った神聖な力を食べることで、神様のパワーを分けてもらうという意味がありました。

あながち迷信でもない?食べ物の聖なる力

こうして考えていくと、「盛る」という言葉には、現代に生きる私たちが想像するよりもずっと神聖なニュアンスが含まれていたことが分かります。

若者言葉と思われている「写真を盛る」「話を盛る」などの言い方も、実は古来の日本人の心性をしっかり受け継いだものなのです。

もちろん、科学文明の中で生きる私たちは、「高盛りにしたご飯に聖なる力が宿っている」なんて言われても信じないでしょう。

だけど、「何かを信じて食事を採る」という構図そのものは、昔も今も変わっていないのではないかと思います。

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