ブッダはアジャセに何をしたのか スピリチュアリティの本質とは何か (2/4ページ)

心に残る家族葬

これを「月愛三昧」という。

■月愛三昧とは

この説話はブッダが超自然的な力でアジャセの病を癒した奇跡を説いているのではない。月は闇の中にあって静かにすべてを照らす。そしてただそこにいる。親鸞が言うように人間は根源的に自分自身では何もできない「罪業深重の凡夫」であり、ブッダはその心の闇をそっと照らしてくれたのである。鍋島直樹(龍谷大学)は月が静かに照らすことを、「何かをするのではなくて、そこにいること」であるとし、「月愛三昧」を「無条件の受容」という深い「傾聴」の現れとして評価している。

人は苦しみの中で自分自身を見つめるため聞き手=他者の存在が必要なのである。終末期患者へのターミナルケア、家族や恋人を失い、悲嘆に陥った遺族へのグリーフケアにおいては、傍らに寄り添い、全てを無条件に受け入れてくれる他者の存在が癒し・救いのきっかけとなる。それは現実の他者に限ったことではない。例えば念仏を通して阿弥陀仏の慈悲に気づくことなど、超越的なものとの関わりを自覚することも含まれる。

■人間には光が備わっている

ブッダの慈悲にみちた言葉が染み渡ったアジャセは回心し、罪の自覚の中で清らかな信心が生まれた。何故そのようなことが可能だったのか。それは人間の本質に「光」があるからである。仏教ではこれを「仏性」といい「如来蔵」と呼ぶ。

内なる仏性があるからこそ他者と人とのつながり(縁起)を知り、これに感謝し、次の絆につなげようという心性を生む。ブッダはアジャセに「善良なものよ」と呼びかけている。罪悪の凡夫であるはずの人間が、本来は(仏性・如来蔵がある故に) 「善良なもの」だとブッダは言っているのだ。罪にまみれたアジャセが内なる「仏性」に自分で気づくことは難しく、導いてくれる他者の存在の尊さが示されている。鍋島も「救いの成就が、善き友と善き師との出遭いによってもたらされる」と述べている。アジャセ物語は仏性に目覚め、つながりを自覚することが真のスピリチュアリティであることを示しているのである。

■他者とのつながりを知ったアジャセ

ブッダは「月愛三昧」を通して、アジャセに内なる仏性と他者とのつながりを教えたのである。

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