尊皇攘夷の志半ばに…誤解が生んだ幕末4志士の悲劇「四ツ塚様」事件【下】 (4/6ページ)

Japaaan

井原と島も刺し違えて自害しますが、井原は急所を外してしまい、絶命するまで半日にわたって苦しみ続けました。

「どうか、どうか介錯(トドメ)を……」

やがて追いついた農民たちは、その様子をニヤニヤと遠巻きに眺めるばかりで放置、ただ村医者の福田静斎(ふくだ じょうさい)ひとりが懸命に手当するばかりだったそうです。

非業の最期と、惨たらしい仕打ち

さて、残された千屋は命からがら土居村へ逃げ込みましたが、恃みだった安東正虎が不在だったためか、町方総代の武藤太平(むとう たへい)に事情を話し、強盗の疑いを晴らそうとしますが、やはり聞く耳を持っては貰えませんでした。

「かくなる上は、一死を以て罪を謝し奉るよりあるまい……」

遺書をしたためた千屋は宿屋の一室で自刃。志半ばに非業の最期を遂げましたが、話はこれで終わりません。

自刃して果てた千屋(イメージ)。

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