尊皇攘夷の志半ばに…誤解が生んだ幕末4志士の悲劇「四ツ塚様」事件【下】 (6/6ページ)

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当時、そんな俗謡も流行ったそうで、あまりにも惨たらしい所業を恥じたのか、あるいは批判をかわすためのパフォーマンスなのか、4志士を弔う塚を建立。それが「四ツ柄様(よつつかさま)」として今日に伝わっています。

エピローグ

そんな事件から33年が経った明治31年(1898年)、明治政府によって彼らの尽力が顕彰され、正五位の官位が贈られました。

必ずしも努力は実を結ぶとは限らず、せっかくの熱意も誤解されて無念の末路をたどることも少なくない世の中ではありますが、至誠通天、お天道様は見てござるもの。

4志士たちの尽力が、今の日本を築き上げる礎の一つとなったことを思うだけでも、彼らの無念も少しは報われることでしょう。

※参考文献:
岡山県 編『岡山県人物伝』岡山県、1911年2月
田中光顕『維新風雲回顧録』大日本雄弁会講談社、1928年3月

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