15代将軍・徳川慶喜、敵前逃亡の後日談。大坂脱出に関わった人々のその後とは?【その2】 (2/5ページ)

Japaaan

大坂脱出に関わった人々のその後とは?【その1】

江戸東帰後、それぞれの人生

 徳川慶喜。(写真:Wikipedia)

徳川慶喜の大坂城脱出は、真の意味で旧幕府の終焉だった。

慶喜が画策した天皇を頂点とし、慶喜が首班を務め、さらに諸侯やその家臣達が評議する「挙国一致の政治体制」がもろくも崩れたのである。

明治維新政府の要職は、薩摩・長州を中心とした人々が占め、そこには、旧幕府の誰もが参加できないという厳しい現実を意味していたのである。

慶喜とともに大坂城脱出をした人々、それに関わった人々は、いずれも旧幕府の要職にあった者達だった。

もし、慶喜が夢見た「挙国一致の政治体制」が成ったとしたら、その多くは大いに力を発揮したことだろう。

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