15代将軍・徳川慶喜、敵前逃亡の後日談。大坂脱出に関わった人々のその後とは?【その2】 (4/5ページ)
意外な人生を歩んだ人
【平山敬忠 ~神道家として生き、神道大成派を創立~】
平山省斎を名乗り、神道家として生涯を送った。(写真:Wikipedia)
対薩長強硬論者でありながら、慶喜から大坂脱出の供を命じられた。江戸東帰後は、神道家・平山省斎(せいさい)として活動、日枝神社祠官、氷川大社宮司を務めた。
1882(明治15)年、敬神愛国を旨とする神道大成派として独立し、その初代管長となった。1890(明治23)年没、享年75歳。
東帰後まもなく維新政府に出仕した人々
ウィーン万国博覧会での日本館展示風景(写真:Wikipedia)
【山口直毅 ~維新政府官吏・漢詩人として生きる~】維新政府の神祇局官吏として出仕。また、漢詩の創作にも勤しみ『江戸年中行事詩』を著した。1895(明治28)年、65歳で没した。