前田敦子以外の初センターに立った大島優子がAKB48を国民的グループに押し上げた【アイドルセンター論】 (1/3ページ)

日刊大衆

大島優子
大島優子

なぜ彼女たちは「センター」に立ったのか⁉
アイドルセンター論
AKB48 大島優子(後編)

 AKB48は選抜総選挙と呼ばれる民意を取り込んだシステムを取り入れるまでは、前田敦子をセンターに置くことでAKB48らしさを醸成しつつ、グループのイメージを固めてきた。

 2009年に「第1回選抜総選挙」が開催された際には、2位の大島に1000票以上もの差をつけて優勝。そこにはやっぱり前田がAKB48のセンターだよねというファンからの声が表れていた。しかし、2010年の「第2回選抜総選挙」では僅差で大島が優勝を果たすことになる。

 当時のAKB48はグループとしての規模も知名度も上昇中で、国民的アイドルグループとして認知されつつある段階だった。それを象徴するように赤坂BLITZからJCBホールと会場の規模も大きくなり、当日の様子が全国の映画館29か所計43スクリーンで同時中継されるという巨大なイベントへと成長。

 これによって、根っからのAKB48ファンだけではなく、一般層も投票券を求めるようになったことで、これまでのグループの歴史を知らない、ある意味でフラットな目線で候補者を見ることができるファンが多く流入するようになった。

 グループに変革を望む者とそうではない者がひしめき合うなかで、大島はファンの民意を反映し1位にランクイン。

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