「テレビは始まったら止まらない」関口宏との秘話も!三宅裕司×渡辺正行「初夏の爆笑ドリーム対談」〔後編〕 (1/5ページ)

日刊大衆

三宅裕司(左)と渡辺正行
三宅裕司(左)と渡辺正行

 本誌で好評連載中の『コント赤信号 渡辺正行 スター芸人たちの“笑いと涙”』。その特別編として、明治大学落語研究会の先輩・三宅裕司さんを迎えた対談を掲載! 後編の今回はテレビでのコントや司会、人気劇団『熱海五郎一座』の公演など、つきあいの長い2人だからこそ話せるエピソードの数々をどうぞ!

渡辺 三宅さんが、テレビで初めて看板番組を持ったのは、いつなんですか?

三宅 1984年10月から半年間、放送された『いい加減にします!』(日本テレビ系)だね。プロデューサーが、俺が主宰する劇団『スーパー・エキセントリック・シアター(SET)』を気に入って、俺がメインのコント番組を持たせてくれたんだ。

渡辺 そうでしたか。

三宅 初期のレギュラーには、植木等さんがいてね。俺は少年時代から『ハナ肇とクレージーキャッツ』の大ファンだったから、ホントに、うれしかったなあ。

渡辺 だって、学生時代に落研の仲間と三宅さんの実家に泊まると、よく早朝にクレージーキャッツの曲をかけてましたもんね。

三宅 みんながまだ寝てるところに、『馬鹿は死んでも直らない』を最大のボリュームにしてね(笑)。

渡辺 そしたら、すぐに起きて、音楽に合わせて踊らなきゃいけない。でも、途中から、誰もがバカ笑いしてるんですよ(笑)。

三宅 で、植木さんはその番組で、代表的なギャグの「お呼びでない?」までやってくれたんだよ。憧れの人と一緒にコントができて、いろいろ学べたことは、今でも俺の宝物だね。

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