娘よりも母親(私)がいいの?平城天皇を惑わせ謀叛を共謀した平安時代の悪女・藤原薬子 (3/7ページ)
「バカモノ!何をしておるか!」桓武天皇のお怒りも当然(イメージ)
やれやれ、これで一件落着……となればよかったのですが、そもそも娘のパートナーに手を出すような(逆かも知れませんが、少なくとも言い寄られて拒まなかった)薬子ですから、このまま終わる筈がなかったのです。
邪魔者を排除し、権力を思いのままにさて、安殿親王のことを思っていたのかいなかったのか、悶々と暮らしていた薬子に転機が訪れたのは延暦25年(806年)。
桓武天皇が崩御され、皇太子であった安殿親王(以下、平城天皇)が皇位を継承されると、薬子は内裏へ呼び戻されます。
「あぁ、一日として貴女を思わぬ日はなかった……」
「えぇ、わたくしもにございます……」
感動?の再会を果たして二人は、もう長女なんてそっちのけ(余計なことを話されないよう、恐らく飼い殺しor粛清されたのでしょう)、邪魔な夫・縄主は栄転という名目で大宰帥(だざいのそち)として九州へ追いやってしまいました。