娘よりも母親(私)がいいの?平城天皇を惑わせ謀叛を共謀した平安時代の悪女・藤原薬子 (1/7ページ)

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娘よりも母親(私)がいいの?平城天皇を惑わせ謀叛を共謀した平安時代の悪女・藤原薬子

美しい女性を見ると、ドキドキワクワクしてしまうのが男性の本能(であると共に、それを制御するのが理性)というものですが、それが行きすぎて天下の御政道を誤り、ひいては国を滅ぼしてしまった事例は、古今東西枚挙に暇がありません。

今回はそんな一人、畏れ多くも平城天皇(へいぜいてんのう。第51代)を惑わして国家を危うからしめた平安時代の悪女・藤原薬子(ふじわらの くすこ)のエピソードを紹介したいと思います。

娘の夫と不倫関係に

藤原薬子は生年不詳、藤原種継(たねつぐ)の娘として誕生。兄に藤原仲成(なかなり)がおり、やがて藤原縄主(ただぬし)と結婚して三男二女を授かります。

やがて長女が成長すると、桓武天皇の皇太子である安殿親王(あてしんのう。後の平城天皇)から結婚の申し入れがありました。

安殿親王には以前、藤原帯子(たらしこ。藤原百川の娘)という伴侶がいたのですが、延暦13年(794年)に若くして病没。それ以来独身だったのです。

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