最期まで大志を諦めない!天下の義将・石田三成がリクエストした「最後の晩餐」とは? (1/5ページ)
アメリカの刑務所には、スペシャル・ミールという制度がある(州もある)そうです。
呼んで字の如く「特別な食事」ですが、その意味するところは娑婆のそれとは異なり、死刑執行の直前に提供される「最後の晩餐」。
「極悪人であっても、死ぬ前くらいは好きなものを食べさせてやろう」
そんな心遣いとも言うべきか、可能な限りで死刑囚のリクエストを聞いてあげるのだとか。
この「死ぬ前くらいは好きなものを……」という心情は中世日本にもあり、戦国時代などいくつか事例があります。
今回はそんな一人・石田三成(いしだ みつなり)が所望した「最後の晩餐」を紹介。果たして彼は、どんな食事をリクエストしたのでしょうか。
最期の食事?とんでもない!時は慶長5年(1600年)、天下分け目の関ヶ原(せきがはら)合戦に敗れた石田三成は、捲土重来を期して戦場を離脱したものの、あえなく捕らわれてしまいます。
いよいよ処刑が翌日に迫った9月30日、三成の身柄を拘束していた田中吉政(たなか よしまさ)が、夕餉(ゆうげ。夕食)の希望を聞きに来ました。